京都の恋

去る12月16日に行われた「福井直秀・テノールリサイタル」で演じられた落語「京都の恋」(福井直秀作)の台本を紹介します。なお、当日の模様は、17日の朝日新聞・朝刊京都版でも報じられました。



本日の出し物は「京都の恋」という私の自作でございますが、会場の皆様とご一緒に歌う場面がいくつかございます。どうか、恥ずかしがらずにお付き合いいただきたい。もし、恥ずかしい方は、口を開かずに、「一等賞!」(腹話術で)という感じで歌っていただけたら。え?こっちのほうが恥ずかしい?

京「おじさん、こんにちは」
叔「おお、京太郎か、久しぶりやな。会うのはじいさんの法事以来かな」
京「そうですね」
叔「まあ、お前の母親、おれの姉さんやがあれはすごいな。なんでも、市バスに乗って、『運転手さん、こっちが近いから、まがってくれへん?』というたそうやな。断わられるのが当たり前やけど、それでも『あかんかって、もともとや、口はへらへんし』いうてるな、あんなのがあと3人いたら、京都はすごいことできるで。東京から首都を取り戻すやろな」
京「おかんの話はかんべんしてください。今日は相談があってきました」
叔「どんな相談や?」
京「実は、そのー、あのー(もじもじしながら)」
叔「なにをもじもじしてる。悩んで悩んで悩みぬけ、それでもダメなら、パソコンや」
京「あのね、それ保険のコマーシャルでしょ。
実は、先日満員電車に乗っていて、電車が揺れた拍子に、隣のおっさんの足を思い切り踏んでしもて。『痛いやないか!』いわれて、ようみたら、ほんに怖そうな男で」
叔「えっ!そういう相談か。困ったな。どないしよう。わしは、あっちの筋は苦手やし、困ったな」
京「なに、もじもじしてる。悩んで悩んで悩みぬけ、それでもダメなら、パソコンや」
叔「おいおい、逆やないか」
京「そうでした。
僕もどないしょう、と思ってたら、かわいい女の人の声で『ありがとう』」
叔「え!どないなってんや?」
京「それがですね。その男チカンやったそうで、僕が足踏んだから、その女の子、花子さん言うのですが、助かったんです」
叔「ああ、そうか。びっくりしたな。え?それやったら、相談することないやないか」
京「それがですね。続きがあるのです。その花子さんは、駅前に花屋があるでしょう。そこに勤めているのですが、『今度よってください。お礼に赤いチューリップあげます』とゆうてるんです。」
叔「へえ、赤いチューリップな」
京「なんでも、赤というのは、『チカンはあかん』というからやそうで」
叔「なかなか、面白い子やな。その子、ひょっとして、歌って落語もするという先生の授業とってなかったかな?」
京「それは、知りません」
叔「まあ、そやろ。で、チューリップいうのは、お前が鼻の下のばしてたからやろ」
京「そうなんです。ものほしそうにでれーっとして。
何言わすんです。そんなん違います。そこで、です。今度その花子さんをデートに誘おうと思うのですが、どうしたらいいのか相談に来たのです。
叔「何や、そんな相談か。まあ、京都でデートするんやったら、四条河原町の高島屋前で待ち合わせるな。遅れんようにいくのやぞ」
京「分かってます。ちゃんと待ってます。前の日からブルーシート張って。」
叔「ホームレスやないのやから。そこまでせんでも。
そこへ彼女が、花ちゃんやな、やってくるな。ここで、花ちゃんの歌を歌おうか。」
京「なんですか。それは?」
叔「花ちゃんにぴったりの歌や」
京「それやったら、『高校3年生』」
叔「ええ!おい、花ちゃんは高校3年生か?」
京「いや、そうやないんですが」
叔「それやったら、なんでや?」
京「ええ、高校3年生のときもあったやろと」
叔「ややこしいな。ま、ええわ。歌おうか」

歌――赤い夕日が校舎を染めて にれの木陰に弾む声 あああああ、高校3年生 僕ら離れ離れになろうとも クラス仲間はいつまでも

叔「それから、まず、地下へ降りて、りんごを買おうか」
京「なんでです?」
叔「都合があってな」
京「どんなのです?」
叔「まあ、ええやないか」
京「教えてくださいよ」
叔「ま、それやったら、いうけど、『りんごの歌』を歌おう思てな。」
京「おじさん、無茶苦茶ですな」
叔「何を言うか、この落語の作者が無茶苦茶なんや。ま、ええ、歌おう」

歌――赤いりんごに唇寄せて 黙ってみている青い空 りんごは何にも言わないけれど りんごの気持ちは よくわかる りんごかわいや かわいやりんご

叔「それから、四条通を東の方めざして、肩並べて歩こうか」
京「おじさん、それやったら無理です」
叔「なんでや」
京「実は、花ちゃんはぼくよりずっと背が高いのです。肩並べようと思ったら、ホッピングもっていくか、空中浮揚しないと」
叔「いうことが古いな。肩並べるいうのは、おんなじ高さということではないのや。段違いでもいいのや」
京「そうですか。それはよかった。けれど、僕、花ちゃんと話そうと思ったら、上をみんとあかんからと『上を向いて歩こう』歌います」
叔「なるほど。じゃー、歌おうか」

歌――上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す春の日 ひとりぼっちの夜 幸せは雲の上に 幸せは空の上に 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように泣きながら歩く一人ぼっちの夜

叔「少しいくと賀茂川やな。そこの土手に腰掛よか。ここは、カップルが同じ間隔で並ぶので有名やな」
京「それやったら、無理です。」
叔「なんでや」
京「実は、僕、メジャーもってません」
叔「何をいうてるのや。きっちり測れ言うのやない。そんなことしようとしたら、仕切る人が必要やな。『そこのカップル、もう30センチこっちへ、そっちのカップルは、アメリカ人やから5インチ移動』なんてややこしいがな。」
京「そうですな。侍と姫のカップルやったら、1尺3寸寄りなさい、ですか?」
叔「そんなのいるか。大体でいいのや。そこで手をつなぐ」
京「なるほど、手をつないで、川に飛び込む」
叔「心中するのやないで。…もう、それやったら、賀茂川を出て、花見小路へ行こうか。このあたりは祇園やな。『祇園小唄』歌おうか」

歌−−月も朧に東山、霞む夜毎のかがり火に 夢もいざよう紅桜 しのぶ思いを振袖に 祇園恋しや だらりの帯よ

叔「ここらでは、舞妓さん見かけるな」
京「はあ、なるほどね。それやったら、『おかあさん』いうのでしょ」
叔「そら、そういうときもあるな」
京「泣くんでしょ」
叔「泣く?ま、そういう時もあるかも知れんな。修行するしな」
京「警官に尋ねる」
叔「警官?何の話や」
京「迷子でしょ」
叔「そうやない。舞妓、ちんとんしゃんや」
京「ああ、わかりました。白塗りするんでしょう」
叔「そや、そや」
京「太鼓に合わせて踊りますね」
叔「そや、そや」
京「本日開店」
叔「なんやそれ」
京「ちんどんやでしょう」
叔「なにいうか。ちんとんしゃんとは、三味線のことや。もう少し進むとそこは八坂神社、願掛けようか」
京「わかりました(にらむ)」
叔「なにしてる?」
京「だから、がんつけてる」
叔「神様にらんでどないする。そうやない。願、願いをかけるのや」
京「なるほど。地球温暖化防止」
叔「そんな、見栄はらんでもええ。道徳の時間違うのやから。縁結びがええやろ」
京「なるほど。サラ金から金借りる」
叔「その円やない。わからんやつやな。それから、円山公園を過ぎて東山に入ろう。山が連なっているから、『青い山脈』歌おうか」

歌――若く明るい歌声に なだれは消える 花も咲く 青い山脈 雪割り桜 空の果て今日もわれらの夢を呼ぶ

叔「ところで、花ちゃんは、京都の人間か」
京「よくわかりませんが、多分違うと思います。しゃべってたのは、京都弁ではありません。」
叔「そうか、それなら、ふるさとの話をしたいな。『ふるさと』を歌おうか」

歌−―ウサギおいしかの山 こぶなつりしかの川 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷
3番も: 志を果たして いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと

叔「しんみりした気分になったところで、くどき文句を言おう」
京「それは、なんですか?」
叔「知らんかな。たとえば、『あなたは私の太陽です』」
京「『あなたは私の太陽です』、なるほど、曇りの日には見えません」
叔「そうやない。『あなたなしでは生きていけません』」
京「『あなたなしでは生きていけません』、あなたは私の携帯電話」
叔「そうやない。『あなたがほしい』」
京「『あなたがほしい』、年末ジャンボ3億円」
叔「そうやない」
京「それなら、前後賞1億円」
叔「そやない。『あなたのためならたとえ火の中水の中』」
京「『あなたのためならたとえ火の中水の中』、引田天功、イリュージョン」
叔「そやない。『僕はあなたのしもべです』」
京「僕はあなたのしもねたが好き」
叔「そうやない。もう。おまえは、くどくのは無理やな。あきらめたら?」
京「そんなこといわんと」
叔「困ったな。うん、まあ、それやったら、ラブレターを出すのやな。どうや、世界遺産で京都市内にある神社・寺などを織り込んだのがええな。作ったげるから、ちゃんとメモしとけ。
京「わかりました」

あなたは最高(西芳)、そのひとうみ(東)、ダイヤの輝き、その肌は大根(醍醐)の白さ、そのきりょうあん(竜安)パンマンのメロンパンナより美しく、どんな美人も降参(高山)する、ほんま(本願)もんの京美人、点をつければ満点りゆう(天竜)もあきらか。あなたのみんな(仁和)がすきよ水(清水)掛け不動さんに願かける。あなたとの出会い、神がもうけた(上賀茂)このチャンス、もしも願望(下鴨)がかなうなら、まさにじょうじょう(二条城)の首尾、世界中のきんかく(金閣)れるよりうれしい、僕の全人格(銀閣)をかけて愛します」
京「へえ、けったいですね」
叔「なに!けったいやて?」
京「いえ、傑作いうたのです」
叔「そうか、では、がんばれよ」
トン
京「おじさん、花ちゃんから返事が来ました」
叔「そりゃ、よかったな」
京「いや、よくないんです。ふられたようなんです。」
叔「そうか、それやったらあきらめたら?」
京「おじさん、そんなこといわんと。読んでください。こんなこと書いてます」
叔「どれどれ、なになに
船場吉兆の牛肉産地偽造が問題になったので、牛の部位で返事を書きました。ほう、花ちゃん粋やな。それにしても、吉兆には裏切られたな。わしは、3回しか行ってないが。」
京「おじさん、3回も行ったんですか?」
叔「うん。見に」
京「ええ加減にしてください」
叔「わかった、今読むから。

 アドリブ(リブ)なしに私の気持ち(きも)を語ろうす(肩ロース)。私のこのみの(ミノ)男とは、今かたわら(肩バラ)にいる方(肩)よ。かれは(レバー)根暗(ネック)ではない。はつらつ(ハツ)として、渋さが凛(サガリ)とした本物(ホルモン)のいい男。それにくらべりゃ、あなたにはこのトンマめ(まめ)といいたくなるわ。私がいったん(タン)こういうからは、もう会ってもしらんふ(ランプ)り。ひれ(ヒレ)ふしたとて、愛してる(テール)といったとて、だめですね(スネ)。さらに言ったら、セクハラに(ハラミ)なる。さっと引導(サーロイン)渡します。

そうか。花ちゃんには男もいるようやし、あきらめなしゃーないな」
京「わかりました。わかりました。…(手紙とおじさんの顔を交互に見る)しかし、うーん、これひょっとしたらおじさんが書いたのと違います?」
叔「ええ!ぎくっ、ぎくぎく。おまえ、何でそう思う?」
京「いやね、おじさんから来た年賀状とそっくりの筆跡です」
叔「ああ、しもた。変えといたらよかった。…いや、悪かった。実はわしが書いたのや」
京「なんてことするのです。もう、おじさんとは親でもなければ、子でもない。元から違うけど」
叔「いや、すまなんだ。実はな、あれから花ちゃんを見にいったんや。そしたら、ほんまええ子やな。気に入ったので、わしが口説こうと思ってな。お前には悪いがあきらめてもらおうと思って。
このとおり悪かった」
京「なんてことするのや、もうおじさんとは、親でもなければ子でもない。さっきゆうたか」
叔「いや、すまなかった。…でも、おまえどうしてわしが書いたと見抜いた。ずいぶん賢うなったやないか。わしも鼻が高い」
京「いや、それほどでもないんです。実は、花ちゃんの住所わからへんから、まだ手紙は出してません」